2020年02月05日

中村哲医師

去る2月1日、練馬文化センターで
中村哲医師を偲ぶ会が行われ、店主も参加しました。

当日配布され持ち帰った中に
2012年6月22日に行われた創立30周年記念行事「どぼく未来フォーラム」への寄稿文がありました。

全文は「どぼく未来フォーラム」へアクセスしていただくとして、
その後半を書き写してみたいと思います。中村哲.jpg

 その最大の事業として25kmの用水路建設を8年がかりで行い、同水路流域3000ヘクタールの農地を回復、約15万人の帰農を促すに至りました。この経緯の中で、問題が全世界的に進行する温暖化にあることを知りました。即ち、巨大な貯水槽としての役割をはたしてきた高山の白雪が初夏に急激に解けて洪水を頻発させ、雪線の急速な上昇で渇水を引き起こしていたのです。これまで曲りなりにも機能してきた取水技術が気候変化に追いつかなくなり、古い水路が涸れて農地を潤せなくなっていたのでした。
 取水技術の改良がアフガン農村の死命を制すると確信した私たちは、苦心の末日本で完成されていた水利技術を大幅に取り入れ、各地に安定灌漑を実現し、
 とくに心がけたのは、地元民が自力で保全できる水利施設でなければならぬということです。コンクリートを駆使した近代工法は、財政的にも技術的にも現地で不可能でした。近代工法が悪いというわけではありません。現地にあった適正技術という点で、江戸時代に完成した日本の伝統技術が優れており、私たちは大幅にこれを取り入れ、大きな恵みをもたらすことになりました。分けても重要な取水技術・斜め堰が大活躍をしました。恐らく日本の昔、飢餓と飢饉が日常であった時代、文字通り必死の努力で建設されたものに違いありません。
 この事業を通じて知ったのは、日本の治水思想が自然を征服しようと力ずくの工事をしなかったということです。それだけの物量や技術が投入できなかったいえばそれまでですが、数百年前に確立された治水・水利技術の底流を支えていたのは、「自然との同居」という考えです。彼らは自然に逆らわず、いのちを見据え、人為と自然の危うい接点を謙虚に見つめていたとしか思えません。
 医学を含め、今日私たちに突きつけられている最大の課題は、「自然と人間の共存」だと思います。私たちは自然を操作し、人の意に適うよう努力してきました。そして、近代技術が長足の進歩を遂げた今日、ややもすれば、科学技術が万能で、人間の至福を約束するかのような錯覚に陥りがちではなかったでしょうか。また、自然を無限大に搾取できるという前提で生活を考え、謙虚さを失っていなかったでしょうか。自然はそれ自身の理によって動き、人間同士の合意や決まり事と無関係です。
 東北大震災を経た今、さらに市場経済の破たんが世界中でささやかれる今、
いのちはただ単に経済効率や単純な技術進歩だけでは守られないというのが、ささやかな確信です。この中で新たな模索が始まっています。その声は今でこそ小さくとも、やがては人類生存をかけた大きな潮流にならざるを得ないと思っています。
 その意味で、貴会の掲げるテーマは大きな挑戦として、幾多のフロンティアを生み出していくと信じています。女性であればこそ、理屈ぬきにいのちの尊さを、利害を離れて直観できるものがあると思います。これがきっかけとなり、大小の工夫が生み出され、次世代への大きな力となっていくことを願ってやみません。


posted by 自然村 at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 店主のつぶやき(日記)

加藤誠さんのネーブル

朝、食べたら体はきっと覚醒しますよexclamation×2

加藤誠さんの樹上完熟ネーブルが届きました。
こりこり食べると
酸味も甘さも濃くも口の中で弾けます。加藤ネーブル.jpg