2019年01月12日

鶏と麦の宴に参加して〜ティク・ナット・ハン

             DSC08303.JPG
命のスープ・ありがとうのスープを提供して、
ほろほろとなった肉もすべてカレーにして頂きました。DSC08309.JPG

店主が「鶏と麦の宴」の感想を記録として書きました。
長文ですが紹介します。

参加している時に、店主がティク・ナット・ハンの「味わう生き方」のことを考えていたなんて
妻は思ってもいませんでした。わーい(嬉しい顔)

「鶏と麦の宴」に参加して

 最初に、絹田さんから鶏の飼育についてお話がありました。鶏はキジ科で、鶏の研究者がキジの腸を調べたら腐葉土が多かったそうです。このことを知り、絹田さんは繊維質の多いものを飼料として与えようと考え、米と麦、醤油の搾り粕、豆乳の搾り粕を発酵させたもの、干柿の皮を放置して液状になったもの、りんご果汁の搾粕、干し草、規格外の野菜などを与えています。これらの飼料は、すべて近くから集められ、遺伝子組換えの飼料は含まれていません。鶏舎の床には木の切りくずのおがくずを厚く置いていますが、鶏はこれも食べているようです。絹田さんは、繊維質の多いものだけでなく発酵した飼料も与え、鶏の健康を第一に考えて飼育をされています。これは、命を大切に考えた仕事をされているのだと思いました。
 鶏舎の床はおがくずが一杯なので、ふかふかの床です。
 鶏たちは、いい飼料を与えられ、平飼いで自由に動くことができます。そして、鶏小屋には雄鶏がいて、牝鶏を守っているので落ち着きがあります。健康な鶏たちは、いい卵を産んでいると思われます。北海道の想いやりファームの乳牛たちは大事に育てられているので、雑菌のない乳を出します。ですから、無殺菌で飲むことができます。絹田さんのところの鶏たちも、想いやりファームの
乳牛たちと同じように健康な鶏だと考えられます。
(絹田さんは、前は別の場所で鶏を飼っていました。そこは民家が近く、雄鶏の鳴き声がうるさいと苦情がありました。そこで、絹田さんは雄鶏を飼うのをやめました。そうしたら、牝鶏たちの落ち着きがなくなり、弱い鶏を攻撃することが出てきました。それで、現在の地に移ってきたのです。雄鶏の重要性は、群馬の名古屋コーチンを育てているところでもお聞きしました。牝鶏を守る雄鶏は大事な存在です)

 羊の解体、豚の解体、鶏の解体を見たことがありますが、実際に自分の手で解体するのは全く違いました。命をいただくということが実感として伝わってきます。食材としてのお肉ではわからない感覚がありました。命あるものを食べ物として頂くのことは、生命のあるものを殺さないと食べることができません。食べることの原点を体験することで、今までとは違う感覚が生まれています。
 今回の企画には、小さい子も多く参加していて30名を超す集まりでした。特に宣伝もしなくても、人から人に伝わり、5年も続いているそうです。今後も、食べることと命の原点を味わいたい人に伝わっていくのだろうと思いました。

 マインドフルネスで有名なティク・ナット・ハンの著書に「味わう生き方」があります。その最初に「手の中のりんごは宇宙である」と書かれています。
 本文には、「手のひらのリンゴをじっくり見ていると、リンゴの木の面倒を見てきた農家の人たち、実をつけるのを待っていた花、肥えた土地、先史時代の海洋性の動物や藻類の腐敗した残骸でできた有機物質、それらの元である炭化水素、輝く太陽、雲、雨が見えてきます。これら広範囲に及ぶいろいろな要素や多くの人の協力がなければ、目の前のリンゴは存在しなかったはずです。
 このようにリンゴをしっかり意識しながら食べると、リンゴと世界、そして自らの人生にいろいろな気づきが生まれます。母なる大地と宇宙が与えてくれるものを讃え、自然を祝福しながら食べることは瞑想そのものであり、私たちの精神性を深めます。意識とそれによって得られる深い洞察によって、食べ物や自然、世界中の人びとのつながりを感謝する大きな気持ちが生まれます。リンゴがリアルに生き生きと感じられてくると、自らの人生も、よりリアルに生き生きと感じてくるでしょう。」
 今回の参加で、ティク・ナット・ハンのリンゴのことを思い出しました。

「味わう生き方」と程遠いと突っ込まれる店主です。わーい(嬉しい顔)
同じくガサツな私のガサツ夫婦はもっと見えないものを見る力を
養わないとね。
そういう力を与えてくれるものたちに恵まれているのだから。
【商品紹介(野菜・果物・米・たまご)の最新記事】
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/185370737

この記事へのトラックバック